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9章 科学的調査

a) はじめに

 法廷審理の通常のルールを知っている人であれば、目撃者は嘘をついたり善意のあやまちを犯すことがあるので、物理的証拠の方が目撃証言よりはるかに上位にあることを知っている。このために、検死報告、凶器に関する専門家報告の作成が、通常の非政治的殺人裁判では、要請されるのである。目撃証言が法医学的調査結果とは矛盾する場合、法医学的調査結果の方が尊重される。

 通常の殺人事件の裁判審理で行なわれていることは、数十万、ひいては数百万の犠牲者が存在するとされる殺人事件の裁判審理には、もっと広範囲に適用されなくてはならない。しかし、第二次大戦後、ドイツを告発した人々は、「ガス室」の本格的な法医学的研究調査を実施してこなかった。また、アウシュヴィッツの焼却棟がいわれているところを400万人の犠牲者を処理できるかどうかも確定しようとはしなかった。(400万人という数字はニュルンベルク裁判でソ連があげた数字であるが、その後、ホロコースト史家によって次第に減らされてきた。Nuremberg document URSS-008

 わずか二つの事例で、気乗り薄ではあったが、ドイツの告発者たちは、大量絶滅のリアリティを科学的に証明しようとした。1944年夏、マイダネク強制収容所が解放されると、ポーランド・ソ連合同委員会は報告書を作成した。それは、マットーニョと私がマイダネク博物館文書館で発見し、KL Majdanek. Eine historische und technische Studie (Castle Hill Publisher, Hastings, 1998, chapter V and VI)の中で公表した。ポーランドとソ連の科学者は、恥知らずにもペテンを行い、収容所の閉鎖6ヶ月前に稼働したばかりの新しいマイダネクの焼却棟の5つの炉がこの期間で60万体を焼却することができたに違いないと断言した。実際の処理能力は32分の1ほどであった。1945年、ポーランド当局は、アウシュヴィッツで法医学実験を行なうように命じた。クラクフ報告(テキストは反修正主義論集Wahrheit und Auschwitz-Luege, edited by B. Bailer-Gailanda and W. Benz, Deuticke Verlag 1995に掲載されている)の中で、ポーランド人は、収容所で発見した毛髪の山の中にシアン化合物の痕跡を発見したと主張した。しかし、たとえこれが真実であっても(今日では、確定しようがない)、誰かがガス処刑されたことを証明しているわけではない。戦時中、毛髪は工業目的で使われたし(例えば、マットレスの詰め物)、アウシュヴィッツのケースでは、毛髪を使う前にそれを害虫駆除することは普通であった。もし殺人ガス処刑が行なわれたとすれば、チクロンBは表面に固着し、作業員を危険にさらすので、殺害のあとに毛髪を刈り取ることは馬鹿げているからである。もし毛髪が切られるとすれば、犠牲者がガス室に送られる前に、刈り取られるからである。

 ホロコースト問題の技術的側面を真剣に検証した最初の修正主義的研究者は、ロベール・フォーリソンであった。彼は、シアン化水素ガスによる死刑が実行されていたアメリカの州で使われている処刑技術を研究した。(シアン化水素は殺虫剤チクロンBの成分である。丸薬状のチクロンBは空気に触れるとガスを放出する)。ガスによる処刑は複雑な過程をとる。事前に多くの安全措置が図られ、ガス室は気密とされなくてはならない。そうしないと、ガス処刑は刑務所の刑務官にも死の危険をもたらしてしまうからである。(このために、合衆国の大半の州は今ではこの処刑方法を放棄し、致死性の注射に変えている)。フォーリソンはアウシュヴィッツを訪問し、目撃証言によるとガス室のあった焼却棟の図面を研究した。そして、気密にもされておらず、ガス投入設備もない部屋の中で、どのようにしたら2000名同時に殺害できるのかという疑問を抱いた。そして、これらの部屋の中でチクロンBを使ったガス処刑を行なえば、ガス室の中の犠牲者を殺害するだけではなく、周辺地域を汚染し、目撃証人が述べているように、ガス処刑直後に部屋から死体を除去することはできないとの結論に達した。(詳しくは、Serge Thion, Verite historique ou verite politique?, La Vieille Taupe, Paris 1980)。

 

b) ロイヒター報告

 1985年、ドイツ生まれの修正主義的活動家エルンスト・ツンデルがカナダのトロントで裁かれ、ハーウッドの小冊子『600万人が本当に死んだのか』と販売したことが「虚偽のニュースを広めること」を禁止する法律に違反するとの咎で15ヶ月の禁固刑を宣告された。ツンデルの弁護人ダグラス・クリスティは控訴し、控訴審は1985年初頭に開かれた。(この裁判については、ホロコーストと修正主義に関する膨大な情報を提供している著作がある。バーバラ・クラシュカが執筆した、ハーウッドの小冊子と同名の本『600万人が本当に死んだのか』Samisdat Publishers, 206 Carlton Street, Torontoである。)公判の中で、ツンデルとフォーリソンは、実際にガス室を建設したことのあるアメリカの処刑専門家ロイヒターに、アウシュヴィッツⅠ、アウシュヴィッツ・ビルケナウ、マイダネクのガス室と呼ばれている部屋についての報告書を作成するように依頼した。ロイヒターは少数の同行者とともに2月末にポーランドに飛んだ。そして、帰国すると報告書を執筆した。この報告書は本当の砕氷船となり、修正主義者の科学的勝利への道を切り開いた(Fred Leuchter, An engineering report about the alleged execution gas chambers at Auschwitz, Birkenau and Majdanek, Poland, Samisdat Publishers, Toronto 1989)。以下が、アウシュヴィッツに関する彼の結論である。

 

  「ガス室」は、戦時中の文書資料では死体安置室と呼ばれているが、実際にも、まさに普通の死体安置室であった。その技術的建築状態から見ると、それらの部屋が殺人ガス処刑のために使われえたはずがない。

  焼却棟の処理能力は、いわゆる犠牲者内の少数を焼却できるものであったにすぎない。

  「ガス室」の壁から採取されたモルタルのサンプルを分析すると、そこにはほとんどシアン化合物の残余物が検出されない。しかし、ビルケナウの害虫駆除室から採取されたサンプルには非常に高い濃度のシアン化合物の残余物が検出される。(しかし、この害虫駆除室で殺人ガス処刑が行なわれたとは誰も主張していない)。

 

ロイヒター報告は完璧なものではなかった。「ガス室」の設計の章にはかなり重大な誤りがいくつかあり(例えば、ロイヒターは、これらの部屋には換気システムが存在しなかったと間違って述べているし、爆発の危険性も過大評価している)、また、この分野での専門家ではなかったので、焼却棟の死体処理能力についても十分な説明をしていない。しかし。化学的部分はこれまで反駁されておらず、決定的であろう。

 

c) ルドルフ報告

 1993年、ドイツの化学者ゲルマール・ルドルフが、ロイヒター報告の分析結果をはるかに詳細に検証した。それは、修正主義者の研究の中で今日にいたるまでもっとも重要なものであろう(Das Rudolf-Gutachten. Gutachten ueber die Bildung und Nachweisbarkeit von Cyanidverbindungen in den "Gaskammern" von Auschwitz, Cromwell Press, London 1993, updated version: Das Rudolf-Gutachten 2000, Castle Hill Publisher, Hastings 2000. A shortened version of the report is contained in Ernst Gauss, Grundlagen zur Zeitgeschichte, English version: Dissecting the Holocaust, Capshaw/Alabama 2000)。このルドルフ報告を反駁しようとする試みは、まったく惨めに失敗している。ルドルフは、目撃証言によると数十万のユダヤ人がガス処刑されたとされる、アウシュヴィッツ・ビルケナウの焼却棟Ⅱの「ガス室」――第三帝国の主要なガス室といわれてきた――がチクロンBにはまったくさらされたことがないことを立証した。シアン化水素は、石造建築の中の鉄化合物と結びついて非常に安定した色素(鉄シアン化合物)を形成する。この色素は、数十年以上にわたる実験が証明しているように、石造建築自体と同様に、非常にゆっくりと分解する。高い濃度のシアン化合物がビルケナウの害虫駆除室には依然として検出されるのに対して、焼却棟Ⅱの「ガス室」では何らかの意味のある濃度を持ったものはまったく検出されてない(ビルケナウには4つの焼却棟があり、焼却棟Ⅱ-Ⅴと呼ばれていた。しかし、すべてが1944年末か1945年初頭に爆破された。その中で、焼却棟Ⅱだけが、検証しうる「ガス室」を残している)。こうした分析結果は、ここではガス処刑はまったく行なわれなかったとの結論に必然的にいたる。

 ガス処刑物語を反証するもう一つの重要な論点は、目撃証言によるとチクロンBの丸薬が投入されたはずの穴が、大量殺戮が行われていた時期には「ガス室」の部屋に存在しなかったという事実である。目撃証人は、4つの丸い穴について証言しているが、今日見て取ることができるのは、不規則なかたちをした2つの穴である。さらに、鉄筋がこの穴を通っていることは、戦後にまやかしのチクロンB投入口を作るために粗雑な作業が行なわれたことを示している。それゆえ、毒を「ガス室」に投下することはできなかったのである。ルドルフ報告はこの点も明瞭に立証している。

 

d) アウシュヴィッツの焼却棟の処理能力

 「どうやったらうまく死体を消すことができるか?」殺人者であれば、誰もがこのことを始終考えている。人体の60%は水であるので、人体を焼却しつくすのは難しいからである。ポーランド人ヘンリク・タウバーは、アウシュヴィッツでは死体を燃料無しで焼却することができたと述べているが、このような「ホロコースト生存者」の話はまったく馬鹿げている。しかし、タウバーを非常に信頼できる証人とみなしているプレサックのようなホロコースト史家は、このナンセンスな話を本物として受けとっている(Jean-Claude Pressac, Technique and Operation of the Gas Chambers, Beate Klarsfeld Foundation, New York 1989)。

 ホロコーストの技術的側面に関する研究の空白をうめたのはイタリア人のマットーニョであった。技術者フランコ・ディアナと協力して、マットーニョは、何年間にもわたる研究の成果であるアウシュヴィッツの焼却棟に関する研究をまとめた。この本は、2001年に、パドヴァのEdizioni di Arからイタリア語で出版された。しかし、すでに1994年、マットーニョとディアナは、すでに幾度となく触れてきた学術論文集『現代史の基礎』(英語版:Dissecting the Holocaust, Capshaw/Alabama 2000)の中に、この問題に関する論文を掲載している。マットーニョとディアナの研究は以下のとおりである。

 

    アウシュヴィッツの焼却棟の最大処理能力。最初の焼却棟は中央収容所で1941年に稼働し始めた。その処理能力は大量の死体(チフスによる数万の囚人の死体)を焼却するには不十分であったので、1942年に4つの焼却棟が計画された。19433月以降、これらの焼却棟は、アウシュヴィッツⅠ=中央収容所の西に位置するビルケナウで稼働し始めた。5つの焼却棟が同時に稼働できた時期はない。技術的な問題のために、それらはたえずオーバーホールされなくてはならず、そのために、処理能力は大きく低下した。

    焼却棟への石炭搬送。1944年の分を除いて、この搬送記録がほぼ完全に残っており、1体の焼却に必要な石炭の量もわかっているので、どの時期であっても、最大焼却可能数を算出することができる。

    焼却棟の耐火煉瓦建築素材は、1燃焼室で20003000体が焼却された後には取り替えられなくてはならないが、一度も取り替えられていない。

 

マットーニョとディアナはこうした要素を考慮したのち、焼却炉が処理しえたのは、せいぜい162000体であるとの結論に達した。この数字は、アウシュヴィッツの犠牲者数15万人というマットーニョの見積もり(文書資料の欠落のために、正確な数字は算出しえない)ともマッチしている。

もちろん、戸外焼却も考慮しておかなくてはならない。戸外焼却は、チフスがアウシュヴィッツで蔓延し、ビルケナウの焼却棟がまだ稼働していない1942年後半と1943年初頭に行なわれた、しかし、もっとも重要な時期は19445月から7月である。この時期、ハンガリー系ユダヤ人がアウシュヴィッツに大量に移送されてきたからである。ホロコースト史家によると、移送者のうち18万から41万人が、この時期に、ガス処刑されて、ビルケナウで焼却されたという。(18万人という数字はヒルバーグ、Die Vernichtung der europaeischen Juden, Fischer Taschenbuch Verlag, Frankfurt a.M. 1997, p.130041万人という数字はフランス系ユダヤ人史家ヴェレール、Le Monde Juif, October-December 1983, p. 153)。いつもながら焼却棟の処理能力を誇張しているホロコースト正史派の歴史家でさえも、焼却棟だけで大量の死体を焼却することはできないので、死体の多くは大きな焼却壕で焼却されたと主張している。(このような歴史家たちがとくにひいきにしている目撃証人フィリップ・ミューラーは、彼の本Sonderbehandlung, Verlag Steinhausen, Frankfurt a.M. 1979の中で焼却壕について記している。彼の話は技術的に不可能な事例を満載している)。しかし、194312月以降、アウシュヴィッツは何回も連合国の偵察機によって撮影されており、19445月から7月にかけて撮影された写真もある。中でも、531日の写真は非常に重要である。もしも、移送されてきたハンガリー系ユダヤ人の公式数字を信じるとすれば、そのうちの15000人がこの日に移送されてきたはずであり、それ以前の日々にも、平均して13000人が移送されているはずである。ミューラーや彼の同僚の目撃証人が証言している事件のどれ一つとして写真には写っていない。焼却棟の前に立ち並ぶ囚人の列もなければ、巨大な炎もなく、焼却壕もなければ、空を暗くする煙もない。この写真およびこの時期のその他の写真はジョン・ボールの重要な本Air photo evidence (Ball Resource Services, Delta/Canada 1992)に掲載されている。アウシュヴィッツ・ビルケナウでのハンガリー系ユダヤ人の大量絶滅という物語は、第13章で指摘するように、文書資料とも矛盾している。これとは別に、この時期には大規模な戸外焼却も行われておらず、焼却棟が焼却できたのはほんの一部の犠牲者にすぎないことを考えると、この大量絶滅物語は、技術的理由だけでまったく不可能なのである

 

e) ディーゼル・ガス室

 ベウゼック、トレブリンカ、ソビボルといった「純粋絶滅収容所」には焼却棟もなく、殺人目的でチクロンBが使われたこともなかったという。ホロコーストのほら話が誕生しつつあった頃には、虐殺宣伝家たちが、考えつくかぎりのありとあらゆる処刑方法を詳しく伝えていたが、その後、シェンデ博士の「水中平板」、ヤン・カルスキの「石灰列車」からヴァシーリイ・グロスマンの「空気吸出し真空室」までにいたる話が、歴史のごみための中に消え去っていき、破壊されたロシア軍戦車(別のバージョンでは潜水艦)のエンジンが放出するディーゼル排気ガスが殺戮に使用されたという話となっていった。四番目の、そして最後の「純粋絶滅収容所」チェウムノでは、ホロコースト史家によると、ディーゼルエンジンを装備した殺人ガス車が使われたという。フランスの自動車設計士ピエール・マレ(Pierre Marais)がその優れた研究書(Les camions a gaz en question, Polemiques, Paris 1994)で明らかにしたように、このようなガス車は戦争宣伝による捏造であった。また、4つの「純粋絶滅収容所」では、ドイツ人は死体を埋め、その後、掘り起こして、戸外で焼却したという。

 ドイツ系アメリカ人技術者フリードリヒ・ベルク(バーグ)は、技術的・毒物学的観点からディーゼル排気ガス物語を分析した(彼の論文は、『現代史の基礎』、英語版『ホロコーストの解剖』に収録されている)。ディーゼル排気ガスで人を殺すことは不可能ではないが、ディーゼル排気ガスには高い濃度の酸素と低い濃度の一酸化炭素が含まれており、凶器としてはきわめて不適切であるので、非常に厄介で非効率的な方法である。ガソリンエンジンであれば、7%以上の濃度の一酸化炭素を含む排気ガスを容易に放出することができるが、ディーゼルエンジンは1%の濃度の一酸化炭素を放出することさえもできない。皮肉なことに、人々が押し込められた部屋にディーゼル排気ガスを注入すれば、排気ガスには生存に十分な16%ほどの濃度の酸素が含まれているので、死の苦悶を長引かせるだけであろう。大量の犠牲者を狭い部屋の中に押し込めてしまえば、別にディーゼル排気ガスを注入しなくても、一酸化炭素が効果を発揮する前に、酸素が尽きてしまうので、室内の犠牲者たちは窒息してしまうことであろう

 ちなみに、ディーゼル・ガス室物語の父は、2000万から2500万人がガス処刑されたと証言した狂人クルト・ゲルシュタインである。ゲルシュタインは、ベウゼックで、3540mの高さの靴の山、1㎡あたり2832名が押し込められたガス室を目撃したと証言している(Andre Chelain, Faut-il fusiller Henri Roques?, Polemiques, Paris 1986)。ゲルシュタインの証言には、少なくとも6つのバージョンがある。ディーゼル排気ガスは悪臭を放つので、恐ろしい凶器に違いないと思い込んだ、技術分野に無知な人物が、ゲルシュタインのディーゼル・ガス室物語を採用したに違いない。ガソリンエンジンの方が10倍も効率的あったに違いない。ホロコースト史家たちはディーゼル・ガス室物語も消し去ってしまいたいに違いないが、もはや、すべての歴史書の中に記されているので、手遅れである

 

f) 「純粋絶滅収容所」での死体処理

 最近他界したドイツ人技術者アルヌルフ・ノイマイアーの論文「トレブリンカ・ホロコースト」(試訳:http://www002.upp.so-net.ne.jp/revisionist/neumaier_01.htm)は、犠牲者の死体処理方法について詳しく検証している。トレブリンカでは875000名が殺されたという。この数字はイェルサレムでのデムヤンユク裁判にも登場している。一方、ヒルバーグはもっと控えめな75万という数字を、また、ソ連系ユダヤ人のヴァシーリイ・グロスマンは1946年に300万という数字をあげている。ベウゼック(60万がガス処刑されたという)、ソビボル(20万から25万がガス処刑されたという)、チェウムノ(15万から40万が2台か3台のガス車で殺されたという。2台なのか3台なのかは、読者が選択した歴史家の話にかかっている)での犠牲者の数は、次第に減少していっているが、標準的な研究書での死体焼却方法は同一のままである。

 戸外で875000体を焼却するには、1体につき少なくとも200kg、すなわち、合計175000トンの木材が必要であろう。これは、長さ6.4km1kmの森に等しい。トレブリンカに周辺には、このような広さの森林が伐採された痕跡は残っていないので、収容所に175000トンの木材を運んだのはドイツの鉄道であるが、このような膨大な量の木材輸送についての記録はドイツ側文書には存在していない。

 875000体の死体を処理すれば、2900トンの人灰と1000トンの木材の灰が生み出される。これらの灰には、数百万の燃えない骨のかけら、および2000万から3000万個の歯が含まれているに違いない。もしも、ソ連とポーランドがこうした灰、骨、歯の一部でも発見していれば、ドイツが白ロシアのカチンでソ連軍によって殺された4000名のポーランド軍将校の死体を発見したのと同じように、専門家の国際調査委員会を招集して、ドイツという敵の野蛮さを立証させたことであろう。しかし、ソ連とポーランドはまったくそのようなことをしなかったのである。赤軍がトレブリンカ地区を征服した1年半後であっても、ポーランド当局は、犠牲者たちはスチームで殺されたと主張していたのであるNuremberg document PS-3311)。

 

g) 地中レーダーによる調査

 199910月、わかりオーストリアの技術者リヒャルト・クレーゲが地中レーダーを持ってトレブリンカを訪ねた。地中レーダーは、埋葬地の存在を探し出すものであり、今日、考古学や地理学では普通に利用されている。20008月、彼はポーランドに再度渡ったが、今度は私も同行していた。彼はトレブリンカで作業を行ない、ベウゼックでも同じような調査を行なった。ホロコースト研究書には、巨大な大量埋葬地があったとされる場所(ドイツ人は、掘り起こして焼却する前に、犠牲者の死体を埋めていたという)が、正確にマークされており、その場所については間違いがない。しかし、クレーゲの結論はこうであった。「すなわち、巨大な大量埋葬地は存在しなかった。ベウゼックでは、小さな埋葬地の残滓を発見した(ホロコースト史家が指示している場所ではない)が、収容所では一定数の囚人が死亡したのであり、また、焼却棟も存在しなかったのであるから、このことは驚くべきことではない。」こうして、ベウゼックとトレブリンカのホロコースト物語全体が崩壊した。リヒャルト・クレーゲの研究は2001年に発表されるであろう。

 

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『いわゆるヒトラー一派のガス室といわゆるユダヤ人の虐殺は、同一の歴史的嘘である。この嘘のおかげで、非常に大きな政治的・金銭的詐欺行為が容認され、そのおもな受益者はイスラエル国家と国際シオニズムであり、そのおもな犠牲者はドイツ国民―その指導者ではない――とパレスチナ民族全体である。』

— ロベール・フォーリソン教授博士

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1980年代のイスラエルの戦略 この記事は1982年2月『Kivunim、A Journal for Judaism and Zionism』の第14号、冬季5742にヘブライ語で掲載されたものである。

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